「生きてほしい」という夫や両親の強い思いが
子どもを産めないつらさを乗り越える力に

永迫愛さん

永迫 愛さん(33歳)鹿児島県在住
発症・告知 31歳/子宮頸がん(腺がん)

取材日(2017年10月13日)※年齢・地域は取材当時のものです。

結婚4ヵ月でがんが発覚。「子どもをあきらめて」という言葉に絶望

永迫愛さんのインタビュー時の写真

私は子どもが大好きで、子どもに関わる仕事につきたいと思って資格を取り、小学校や保育園で働いていたこともあります。ですから、結婚前からずっと子どもが欲しいと思っていました。結婚という機会に市の子宮頸がん検診を受けたところ、病院の受診を勧められたのは結婚して4ヵ月の頃です。病院で精密検査の結果「子宮頸がん」と告知され、その場で「がんが大きいので子どもを産むことはできなくなる」と言われました。すぐに紹介されて行った大学病院でも「子どもはあきらめて命を優先して考えてください」と言われました。

そのときは、がんという病名よりも「子どもが産めない」ということがショックで、子どもが欲しいという強い希望を先生に何度も何度も伝えました。子宮を摘出する手術までに3ヵ月ぐらい抗がん剤で治療する期間があったので、この3ヵ月でがんを消してやろうという気持ちでいました。しかし手術は避けられない病状で、子宮も卵巣も摘出しました。

自分を愛してくれている人のために、「生きるしかない!生きていこう!」と思えた

永迫愛さんのが周りの方から頂いたお手紙や寄せ書き、折り鶴などの写真

告知されてから「子どもが産めないなら死にたい」と、思っていた時期もありました。そこからはいろいろなことがあり、夫は、本当は子どもが欲しかったと思うんですけど、「子どもがいなくてもいいから、生きてほしい」と言ってくれました。夫も、両親も、友人も、「一緒に生きてほしい」と思ってくれている、自分を愛してくれて、すごく大事に思ってくれていることが実感できて、「生きるしかない!生きていこう!」と強く思えました。

また、夫が私の精神的なサポートをしてくれるクリニックを探してくれて、そこの先生の存在も大きかったです。子どもが欲しいという私の気持ちを理解してくれた上で、養子をもらうなど、子どもを持つ方法はあるから元気になってから考えようと提案してくれました。とてもポジティブで明るい先生で、その先生と話すことで私も少しずつ前向きになれたように思います。

脱毛にショック、でも生え始めてからはウィッグを楽しむ余裕も

病室で横になってピースサインをしている永迫愛さんの写真

がんを告知されてから、身体の面でも、生活の面でもいろいろな変化がありましたが、術前の抗がん剤治療で髪が抜けたことはやっぱりショックでした。髪が抜けることは聞いていましたが、やっぱり全部抜けてしまって……。髪をとかしたり、洗ったりするたびに大量に抜けるので、洗面所やお風呂でよく泣いていました。

ウィッグを用意していたので、退院してから、外出するときには必ずつけていました。治療が終わればまた生えてくることは知っていましたが、抗がん剤の種類が変わり、髪が生え始めてきてやっと、「またちゃんと生えてくるんだ」と安心できたのを覚えています。それで気持ちに余裕もできて、ウィッグの種類を増やしたり、今しかできない金髪のウィッグを楽しんだりできるようになりました。

よいときも悪いときも一番近くで支えてくれた夫

旦那さんと一緒にいらっしゃる永迫愛さんの写真

脱毛のほかにも治療による体の変化はありました。見た目にはわかりませんが、今も、手足のしびれが出ることがあります。術後は尿意を感じなくて、自分で3時間おきぐらいにトイレに行くようにもしていました。今ではだいぶ感覚が戻ってきましたが、それでも以前とはちょっと違うと感じています。

でも、よいこともありました。そのひとつが夫との関係です。夫は、よいときも悪いときも一番近くで支えてくれて、一緒に乗り越えてくれました。告知されたころは、「一緒に生きよう」と毎日毎日言い続けてくれたり、子どものことも「これから先、2人だけでも楽しいことを見つけていけるし、また来世で大家族になればいいじゃん」と励まし続けてくれたり、夫婦の絆はさらに深まったと思います。

「当たり前の日常」を大切に、新たな夢にも挑戦したい

今、私は、休みの日に夫と一緒に畑で野菜を育てたり、時々旅行に行ったり、週に1度は母と2人でごはんを食べたり、そういう当たり前の日常を大切にしています。また、友人との関係も変わりました。以前は「広く浅く」という感じで、ちょっと無理してつきあっていた面もありました。でも、がんになって、心から心配して連絡をくれた、自分にとって本当に大切な友人の存在に気づき、そういう人とだけつきあえばいいか、と考えるようになったのです。友人関係はとてもシンプルになりましたね。仕事については、今はセーブしながら続けています。また子どもと関わる仕事に戻りたいという気持ちもある反面、まだちょっと怖いという葛藤があります。ただ、将来的には、もう一度子どもと関わる仕事ができればいいなと思っています。

新たな興味も生まれました。がんになって初めて食事の大切さを実感したので、栄養の勉強や、食の大切さを伝えるような仕事もしてみたいし、がん教育などで、自分の体験から「生きるっていいな」ということを子どもたちへ伝える活動もしていきたいですね。また、私は入院中に、たまたま同世代の同じ病気の人と出会えて、それが自分にはすごく大きかったです。年が近いからこそ話せることもあるので、同じような悩みを抱える人と交流するピアサポートにも関わってみたいと思っています。

大切な人たちと「一緒に生きていきたい」と思えた今、がんが再発することへの不安がいつもあります。でも、夫や両親など多くの人の支えがありますから、今なら何が起きても強い気持ちで向き合っていけると思っています。がんになって失うもの、諦めたものも大きかったですが、得るものも大きかった。2度目の新しい人生がスタートしたような気持ちで、今を、そしてこれからを大事に生きていきたいと思います。

  • 監修:国立がん研究センター中央病院 清水 研 先生