がんになって得た夢と仲間のおかげで
勉強への焦りや友人関係への不安も乗り越えられた

松井基浩さん

松井 基浩さん(31歳)
発症・告知 16歳/悪性リンパ腫

取材日(2017年11月29日)※年齢・地域は取材当時のものです。

高校生でがんに直面するも、明るく過ごす小児病棟の仲間をみて前向きに

松井基浩さんのインタビュー時の写真

高校生になるまではほとんど病気をしたことがなかったので、体調不良も最初は「風邪かな」くらいに思っていました。ところが、学校のマラソン大会で息苦しくて走ることができなくなり、「何かおかしい」と学校の帰りに自分で近くの病院を受診しました。すると、すぐに両親が呼ばれ、がんセンターを紹介されたのです。高校生ながらも「がん=死」というイメージだけはあり、自分は死ぬのかと思ってその日の夜は眠れませんでした。

翌日、がんセンターを受診し、そのまま緊急入院。学校へも通えなくなり、「なんで自分だけがこんなことに」と気持ちはどんどん落ち込み、病室ではカーテンを閉めてひとりでふさぎ込んでいました。

気持ちの準備もできないまま抗がん剤治療が始まり、8ヵ月入院しました。小児病棟だったので、入院しているのは3、4歳くらいから20歳までの小児やAYA世代のがん患者さんばかり。その中で、小さな子どもたちが楽しそうに遊んでいました。そんな様子を見ているうちに、みんな自分ががんであることを知っていて、受け止めているからこそ明るく前向きで、楽しく過ごしていることがわかってきて、自分も前向きな気持ちになれたんです。抗がん剤治療で苦しいこともあったはずですが、入院生活の思い出は楽しいことばかりで、あまりつらかった印象はありません。

退院後、復学したものの勉強についていけず友人の輪にも入れない高校生活

僕は進学校に通っていたので、入院して勉強が遅れることへの焦りがありました。ただ、幸運なことに僕が入院していた病院には院内学級があり、通っていた高校の授業に合わせた勉強ができたので、少し安心できました。退院後、元の高校の担任の先生の働きかけのおかげで、留年することなく元の高校の元の学年・クラスに戻ることができ、とても恵まれていたと思います。

ただ、休学中のブランクは大きく、院内学級で勉強を続けられたとはいえ、元の高校の授業には全くついていけなくなっていましたし、すでにでき上がっている友人らの輪の中に入ることもできずに気持ちが落ち込みました。さらに、外来での治療は続いていたので体調が悪い日もあり、退院後の高校生活はドン底でした。

それでも高校生活を続けられたのは、かなえたい夢ができたからです。がんになる前は、特に将来の目標はなかったのですが、入院生活を経て「小児がんの子どもたちの力になりたい」と、医師になることを決意しました。退院後、当時まだ闘病中だった友人が「絶対医者になってくれ」と言ってくれたおかげで、今自分はつらいけれど、夢を追えることは幸せなことだと気づき、それからはひたすら猛勉強。医学部への入学を果たしました。

家族、主治医、仲間の支えにより医師になる夢を実現

大学入学後は一人暮らしを始め、がんになるまで続けていたテニスも再開。6年後に無事、医学部を卒業し、今は小児腫瘍科医として働いています。幸いなことに経過もよく、不安なく通常の生活を送れていますが、心配してくれている両親のためにも、睡眠を十分とるなど体調管理には気をつけています。

僕が病気を乗り越えられたのは、家族や主治医、入院中に出会った仲間など、多くの人の支えがあったからです。特に両親の存在は大きく、当時は高校生で八つ当たりばかりしていましたが、感情をぶつけられたのは両親だけでした。復学後も通学をサポートしてくれましたし、夢をかなえるために大学に通い一人暮らしをしたいと言ったときも、すごく心配しながらも許してくれました。両親には感謝してもしきれません。

主治医だった先生には、一人暮らしや部活、進路のことで退院後も相談にのってもらいました。医師を目指す上でも多くのことを教わりましたし、実は今、同じ職場で働いていることもあり、ずっとお世話になっています。

また、闘病仲間の存在も重要な支えでした。特に励まし合うことはなかったですが、みんな同じ、つらい状況で病気と闘っているという意識があったので、僕もつらくても頑張れたのだと思います。

「ひとりじゃない」ことを知ってほしい。がん患者と医師、両方の立場から

闘病中に仲間に支えられた経験から、僕は大学時代にSNSで若いがん患者さんの相談を受けていたのですが、ひとりで孤独に治療をしている人が多いと感じました。そういう人に、仲間と明るい話をして前を向いてもらいたいと考え、若年性がん患者さんのための団体「STAND UP!! 」を立ち上げました。フリーペーパーの発行や交流会などを開催し、「がんになっても夢を追いかけよう」「どこで治療していても、みんなひとつの輪でつながっているよ」という思いを伝えるための活動を続けています。

AYA世代の、特に男性は、つらいと思っていてもなかなか相談はできない。ましてやがんのことは、病気ではない友人に気軽に話せることではないと思います。でも、同じような病気を経験した仲間とは自然に話せるし、気持ちを共有できる。そういう場を提供したいと思っています。

僕は、今は医師ですが昔は患者でした。患者と医療者、両方の立場を経験したからこそわかること、できる医療があると思うのです。患者さんの不安や悩みをしっかり医療者に届け、医療や支援に生かすための橋渡しをすることが僕の役目だと考えています。

そして、小児がんの子どもたちの力になれるよう、これからも患者さんに寄り添い、真摯に病気とその治療に向き合っていきたい。それが医師としての目標です。

  • 監修:国立がん研究センター中央病院 清水 研 先生