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監修:国立がん研究センター中央病院
清水 研 先生
岸田徹さん

頼れる「情報」と友人の「言葉」が
薬の副作用や手術の後遺症を乗り越える力に

岸田 徹さん(29歳)
発症24歳・告知25歳/胚細胞腫瘍・精巣がん

抗がん剤の副作用がつらく弱気になったことも

岸田徹さん
がんと診断された時にはすでに体中のリンパに転移していて、カルテにも「全身がん」と書かれました。その時は頭が真っ白になりましたが、同席していた両親が「この世の終わり」という顔をしていたので、「まずは親を慰めないと」と自分を奮い立たせたのを覚えています。

先生に「どのぐらい生きられますか」と聞いたら、「5年生存率は五分五分です」とのこと。最悪の状態を覚悟していたので、逆に「この状態で半々ならなんとかなるんじゃないか?」と思い、もうなってしまったんだから治療をするしかないと思い切りました。

すぐに抗がん剤治療が始まりましたが、髪が抜けたり、味覚・嗅覚障害が起きたり、痔になったり、歯が痛くなったりと、副作用がつらかった。さすがにその時は「なんでがんになってしまったんだ、なんで自分なんだ」と思いましたね。でも、薬が効いてがんが小さくなり、手術でがんを取り除くことができました。

「これからどうすればいいのか」を模索し情報を集める日々

岸田徹さん 手術で治療は終わり、その後は定期的な経過観察となりましたが、手術でおなかのがんを取った時に射精神経が傷つき、妊娠に結びつける能力がなくなってしまいました。

抗がん剤治療を始める前に、治療により妊よう性(子どもをつくる能力)が失われる可能性があると説明を受け、あらかじめ精子を凍結保存していましたが、体の機能が失われたと知り、男性としてのアイデンティティーが失われた気がしました。先生には「様子を見よう」と言われましたが、一時的なことでいずれは元の状態に戻るのか、一生戻らないのかもわからず、がんを宣告された時以上に途方に暮れてしまいました。ネット上でも射精障害の情報はほとんどなく、必死に情報を探し、ようやく「戻る可能性がある」といういくつかの情報を得ることができ、その時は小さな光を見つけられた気がしました。

当時、恋人はいませんでしたが、その後、患者会の活動を通じて知り合った女性と結婚しました。彼女もがんサバイバーです。がん再発のこと、妊娠・出産のことなど、不安がないとは言えませんが、何か起こったら、その時その時で一緒に考えていけばいいと思っています。

がん患者さんの役に立つ情報を発信したい

岸田徹さん 僕は今、仕事とは別に「がんノート」というNPO法人の代表として、がん経験者の情報を、闘病中のがん患者さんに発信する活動をしています。がんになると、病気や治療のことだけでなく、お金のこと、生活のこと、妊よう性のこと、恋愛のことなど、さまざまな悩みが生じます。自分自身が情報を得られず苦労した経験から、がん患者さんにインタビューし、生の声を発信する活動を始めました。

例えば経済的なことでは、僕の場合、がんになって思うように仕事ができず、収入がだいぶ減りました。でも治療費はかかります。学生ならまだしも、社会人なのに全面的に親に援助してもらうのは気が進まず、検査費用を捻出するために食事を抜いたこともありました。そんなふうに頑張らなくても、がん相談支援センターなど相談ができる場所や人がいるという情報なども発信できればと思っています。

「Think Big(大きく考えろ)」という友人の言葉が支えに

岸田徹さん 「がん=死」というイメージを持つ人はまだ多いと思いますが、医療の進歩に伴い、治療をしながら、あるいは治療を終えて、生活を続けていく人はたくさんいます。経験者の声は、きっとそういう人たちの役に立つと信じています。

僕自身は、治療中に友人の言葉に支えられました。入院中、お見舞いに来てくれた人たちに一言書いてもらう「お見舞いノート」を作っていたのですが、その中に「Think Big(大きく考えろ)」という言葉がありました。「人生80年、90年という時代、がんになったことは大変なことだけど、今は、長い人生のうちのほんの一点。大きな視点で、長い目で物事を考えよう」というメッセージが込められていて、この言葉に僕はすごく救われました。

また、「頼ることも愛情」と言ってくれた友人もいました。周囲の心配や愛情は、うれしい反面、特にAYA世代では重荷に感じることも多く、僕も親や友人に甘えたくないと思ったことがありました。でも、今では「頼ったり、甘えたりすることも愛情」というこの言葉はその通りだと思いますし、AYA世代のがん患者さんにこそ知ってもらいたいと思っています。