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監修:国立がん研究センター中央病院
清水 研 先生
山本美裕紀さん

時間がかかっても夢はあきらめない
心の支えになった、医師と友人の言葉

山本 美裕紀さん(38歳)福岡県在住
発症・告知 32歳/口腔がん
取材日(2017年6月21日)※年齢・地域は取材当時のものです。

看護学校の実習が始まる直前にがんを発症

山本美裕紀さん がんがわかったのは、准看護師として働きながら看護学校に通っていた時でした。もうすぐ実習が始まる時で、どうしても学校を休みたくないと思っていました。 告知をしてくれた先生に伝えると、早く治療を終えて学校に復帰できるよう「すぐ手術ができるようにしたから」と言ってくれました。

「左側の上あごと歯を取ります」と説明されて1週間後には手術だったので、あれこれ考える時間がなかったことは幸いでした。けれど、麻酔が切れた後はもう本当に耐えられないほどの痛みと苦しさで、初めて「こんなことになるなら死にたい」と心の底から思いました。

身の置き所のない苦しさにどうしたらいいのかわからなかった時、告知をしてくれた先生が毎日病室に来てくれて、「頑張って口を開けるリハビリをして、義歯を入れて食事ができるようになったら、一緒にプリン食べるよ」と言ってくれたんです。私は目標を作ってもらえて安心しましたし、その先生にとっては食事のステップを進めて、私が早く退院できるようにとの配慮でもありました。ほかにも、「実習に行くなら体力が大事、少し歩いていた方がいい」というアドバイスをくれるなど、治療だけでなく、私の夢もサポートしてくれたことが嬉しかったです。

励ましや気遣いの言葉も受け入れられない時がある

告知をしてくれた先生と、主治医は別の先生だったのですが、義歯を入れた時、主治医の先生に「いいものを作ってもらってよかったね」と言われたのです。私の中では、この年齢で入れ歯をしなければならないことを受け入れられない気持ちがあったので、「よかったね」という言葉にすごく違和感がありました。

今なら、「よかったね」と言われたら「そうですね」と笑えるのに……。そこで思い出したのが、看護学校で習った「障害の受容過程」でした。患者さんはその時々の体や病気の状態によって心の状態が変わるもの。このことを、身をもって経験しました。

「義歯を入れてごはんが食べられたらゴール」と言われていましたが、それは治療のゴールであり、私自身の生活や夢はそこからがスタート。退院後すぐの実習は、体力が落ちていたから本当にきつくて、看護学校の先生から「無理しないほうがいい。そんなに頑張らなくても来年もあるから」と止められてしまいました。私は、毎日のように学校の様子を動画で送ってくれて、「待ってるよ」と励ましてくれたクラスメートたちと何が何でも一緒に卒業したくて、必死に頑張っていました。ですから、その時は気遣ってくれる先生の言葉を素直に受け入れられず、悔しく思っていました。

「来年が来るかはわからない」という再発の不安もありました。

がんになっても人を元気にしたい

結局、クラスメートのみんなと一緒に卒業することはできませんでした。次の年は手術の検査時に分かったC型肝炎の治療をすることになり、その治療がものすごくきつくてまた単位を取ることができませんでした。さらに次の年にはだんだん耳が聞こえなくなり、授業中に先生が話していることが何もわからなくなってしまいました。授業中にみんながワッと笑っても何で笑っているのかわからず、ひとり取り残されているような感覚でした。もう学校を辞めてしまおうと思ったこともありましたが、友人たちは私が学びやすいように筆談しながら助けてくれました。こんなに背中を押してくれているのに、あきらめるなんて申し訳ないと思い、ようやくその年に卒業することができました。

入院中、友人から「ありがとう」というカードをもらったことがあり「私に?ありがとうなんてどうして?」と思わず聞いてしまいました。私は人を元気にしたくて看護師になりたかったのに、病気になってまわりに迷惑かけてばかりいたので。でも友人は、「あなたが頑張っている姿を見て自分も頑張れた、だからありがとう」と言ってくれたんです。がんになっても人を元気にすることはできる。そう気づいて、とても嬉しかったです。

がんになった自分だからこそできる「伝える」看護

山本美裕紀さん 念願の看護師になれたにもかかわらず、仕事がうまくできず落ち込んでいた時、告知をしてくれた先生に「あなたにしかできないことをしなさい」と言葉をかけられ、学校の実習で「リレー・フォー・ライフ」に参加した時のことを思い出しました。自分よりもつらく大変な思いをしている人がたくさんいること、自分のことで精いっぱいで周りが見えていなかったことに気づかせてもらったんです。現場にいるだけが看護師じゃない、自分のがんの経験や元気になった今の姿を伝えることも看護だと考えるようになりました。

私は今、「NPO法人キャンサーサポート」で子どもたちにがんを知ってもらう活動をしています。医療者として「正しいがんの知識」を伝え、がん経験者として「命の大切さ」を語ること、それが私だからできる「伝える」という看護だと気づいたんです。

ずっとしたかった、認知症をもつ人の看護する仕事も始めました。認知症をもつ人の中には、思っていることをうまく言葉にできない方もいますが、聴覚障害がある私にとって言葉はそれほど重要ではありません。毎日一人ひとりの表情を見て、「今は機嫌が悪いな」とか「今日はちょっと落ち込んでいるな」と気がついた時には、こちらから声をかけています。

看護師になるまで大変な道程を経験しましたが、今思えば患者さんの気持ちを知るために必要な時間だったのかな、と思います。がんになっても、夢や目標あきらめずに持ち続けることが大切だと思います。がんを経験した私だからできる看護を、これからも続けていきたいです。