AYA世代のがん患者さんの声~周囲の人に知ってほしい、私たちのこと~

AYA Lifeでは、がん患者さん8名から協力を得て、がんになってからの周囲の人との関係や、周囲の人に本当は伝えたいことを教えて頂きました。
がんになってからもいつもそばにいる家族や同僚、友人。支えてくれたり応援してくれたり、とても大切な存在。だからこそ、そうした周囲の人からの言葉やふるまいで嬉しくなるときもあれば、逆に悲しくなるときだってある。本当はわかってほしくても直接は伝えにくいこともある。
AYA世代のがん患者さんが、自分のどんなことを知ってほしいのか、周囲の人にはどうしてほしいのか。周囲の人が、AYA世代のがん患者さんの生の声を知ることは、お互いのより深い理解へのヒントになるのではないでしょうか。

個人の感想のため、できるだけアンケートにご回答いただいた通りに掲載しています。また、アンケートにお答え頂いた方のお名前は個人情報保護のため、本名ではなく仮名を使用しています。

がんになった私の気持ちの変化

森田さん診断時期:39歳、左乳がん、女性

気持ちの波として、大きなショックが2回来て、そこから時間をかけてゆっくりと穏やかになった、という印象です。
最初のショックは、しこりを見つけ、確定するまでの期間です。特に生検後に診断が確定するまでの1週間が一番しんどかったです。仕事もフルタイムでしていましたが、途中で涙が止まらずトイレに駆け込むことも何度もありました。嘆いていても仕方がないので、治療方針が決まった後には、無事に治療を終えられるよう、なるべく前向きに気持ちを切り替えました。
2回目のショックは術後の抗がん剤治療中です。術前に手術と放射線治療、そしてホルモン療法を、という説明を受けていたので、まさか抗がん剤をやることになるとは、と驚きました。ただ、そのおかげで休職への踏ん切りもつき、結果的に十分な休養を取れたので結果オーライだなと考えています。今のように気持ちが落ち着いたのは、放射線治療が終わってからでしょうか。
がんになるまでは全て自分でやりたい、自分が何とかしなければ、と考える癖が強かったのですが、仕事も自分にできなくても誰かがやってくれる、まずは自分の体調を最優先に、と考えるようになりました。

むぎさん診断時期:23歳、脈絡膜悪性黒色腫

皆さんもそうだと思いますが、毎日色々な感情に流されていますよね。がんになったから、ではなく、感情は目まぐるしく変わるものなんだと思います。よくCMとかで「がんになってよかったです」みたいな言葉を耳にしますが、そんなことないでしょって言いたくなります。健康が1番ですよ!!
そんな中で、いつしか芽生えた気持ちは、周りにいる人と共にいられることに感謝することを忘れないということです。

かなさん診断時期:25歳、脳腫瘍(乏突起神経膠腫)、女性

病気を告げられた時には、目の前のCT画像を見ながら、へー…と思うぐらいの感覚で、実感がありませんでした。しかし、父が頑張って普通に振る舞っている様子を見て「あぁ、私病気になったんだ」と感じ、少しずつ不安や恐怖が出てきました。
手術や治療にも不安はありましたが、その後退院するまで家族に支えてもらい、「治療したんだから大丈夫」と、退院直後は前向きな気持ちが大きかったです。ただ退院してからは、頭の脱毛が気になったり、頭痛、抗てんかん薬による眠気などでしんどい時もあり、その度に気分が下がり「私、がんなんだ」と思い返すことが当たり前になりました。
「病気にさえならなければ…」「なんでこんなことに…」と、答えなんてないのに自問自答の繰り返し。泣いて怒って気持ちが沈む毎日が続きました。
それから3年半が経ち、今までのことを思い出して気持ちが上がり下がりすることもありますが、今は落ち着いています。

はなこさん診断時期:38歳、大腸がん、女性

あたりまえにおばあちゃんになるまで生きられると思っていたけど、そうではないんだ、生きられないのかもしれないと思うようになった。

あこさん診断時期:27歳、卵巣がん、女性

がんと伝えられた当初は、将来に対して不安で一杯でした。
だいぶ、がんのステージが進行していたし、がん以外にも人工肛門を増設しないといけないことから今までと同じように生活できないんだろうなと不安でした。
ただ、治療が落ち着くに連れて、前と同じように生活できたり周りの人から色々とサポートを受ける経験をしてから私は恵まれた環境にいることに気づき、生きていることに毎日幸せを感じることが多くなりました。

遥さん診断時期:33歳、耳下腺がん、女性

今まで、何の疑いもなく80歳まで生きるものだと思っていたが、人間誰しもいつ死んでもおかしくないんだという当たり前の事実に気づかされた。
ただその当たり前の事実に、同年代の人たちは「普通」は気づかない。なので、がんを罹患した時点で、「死」がチラチラ考え方に影響を与え始め、死を意識していない同年代との考え方のギャップを強く感じるようにもなった。

かみさん診断時期:30歳、急性骨髄性白血病、男性

体力が落ちて普通にできていたことができなくなったことに対しての不安。とくに根暗になったとかはなく、以前と変わらず明るく過ごすことを意識している。一日一善を意識している。

菊池さん診断時期:28歳、甲状腺乳頭がん、女性

宣告を受けた直後は、Webや知人から得た他の方の経験談と比べて、自分はこのぐらいでつらいと言ってはいけないような気持ちに勝手になっていました。そのせいで、実際にはつらいこともあるのに、それを認められず精神的に無意味に苦しんでしまっていました。
しかし、つらさは人と比べるものではないし、自分のつらいという気持ちを正直に受け止め、つらさにもグラデーションがあることを認めることで徐々に自分の病気を受け入れられるように変化していきました。

周囲の人との関係

森田さん診断時期:39歳、左乳がん、女性

近しい人とは関係性は変わりませんでした。両親をはじめ、皆応援してくれてありがたかったです。ただ、そこまで親しくない人から、的外れなアドバイスやデリカシーのない話をされた時には、今後その人との付き合いは考えようと思いました。

むぎさん診断時期:23歳、脈絡膜悪性黒色腫

自分自身が周りの人を遠ざけてしまってた時期はありました。それでも、周りの方々は態度を変えず、いつも通りにしてくれました。周りは気を遣ってくれていたのだと思いますが、気を遣ってることすら感じさせることはなかったので、本当に周りの皆さまには頭が上がりません。本当に、支えてくれたみんなに感謝しかありません。

かなさん診断時期:25歳、脳腫瘍(乏突起神経膠腫)、女性

私は抗てんかん薬の影響で車の運転ができなくなり、外出は基本家族頼みです。家族に頼りきっていることに申し訳なさを感じ、「ありがとう」ではなく「ごめんね」ということが多くなり、その度に「謝らなくていい」と諭されていました。
そう言ってもらえても、私の性格的に、申し訳ない気持ちが拭えず、家族に強く当たって喧嘩になってしまい、関係がギクシャクすることが増えました。

はなこさん診断時期:38歳、大腸がん、女性

休職する直前まで働いていた部署の同僚とは引継で迷惑をかけてしまい、関係が悪くなってしまった。

あこさん診断時期:27歳、卵巣がん、女性

どちらかというと困った時、人に頼れない性格だったのですが、がんになって親、職場、友達、患者会といろんな方々からサポートをいただきました。
がんが原因で離れていった人はおらず、むしろ気にかけてくれることに感謝でいっぱいで、元気になったらみんなに恩を返していこうと思っています。

周囲の人の印象に残る言葉やふるまい

森田さん診断時期:39歳、左乳がん、女性

嬉しかったことは、「あなたが決めたことだから、きっとうまくいくよ」という言葉です。抗がん剤治療を勧められた時に、正直迷いましたが、治療を受けることを医師に告げた後、看護師さんから言われました。その言葉は治療だけでなく、これからの人生の支えになっています。
戸惑ったことは、職場で、まだ周囲にきちんと伝えていない時にあからさまに「大丈夫か」と過度に心配されたことでしょうか。せめて人がいないところで話して欲しかったです。また、周囲に男性しかいなかったのですが、「男にはわからないけど」と前置きして話されるのもちょっと不快でした。別にわからなくていいので、辛い気持ちに寄り添って欲しかったです。
がんだった、と伝えるとなんとか励まそうとする人もいましたが、場合によっては逆効果だなと思うこともありました。中には自分の方が大変で、と言う話を引き合いに出す人がいますが、的はずれだなぁと思って聞き流してました。もし大切な友人が病気になったら、まずは話を聞いてあげて欲しいです。

むぎさん診断時期:23歳、脈絡膜悪性黒色腫

寝たら忘れるタイプなので、悲しかったり戸惑ったりしたことは覚えていません!笑
嬉しかったことは、家族との団欒、友人の変わらない笑顔を見れたこと、その瞬間瞬間がかけがえのないものです。

ただ、恋愛は・・どうしたら良かったのでしょうか・・・笑。

かなさん診断時期:25歳、脳腫瘍(乏突起神経膠腫)、女性

数年後、髪も生え揃いやっと働けるようになりました。
休憩中、パート先で健康診断の話が出た時、私ががん患者であること、症候性てんかんがあることを知っている人に「私もいつがんになるか分からない年だわ。まあ、がんが見つかってももういいけどね。」と笑いながら言われました。とても悲しくなり涙を堪えきれず、席を立ちトイレで泣きました。

はなこさん診断時期:38歳、大腸がん、女性

手術にむけて休職する前に、同僚が待ってるよと電話をくれて、嬉しくて涙がでた。
入院中に同僚が「上司のAさんが退院したらお祝いをしようと言ってるよ」と伝えてくれたが、退院後に抗がん剤治療の開始が決まっていたので、お祝いする気持ちにはなれず、夜病室で悲しくて泣いてしまった。
定期通院のよい結果を今の同僚に伝えると、いつもよろこんでくれることがありがたい。
がんであることを公表したときに、私もそうだったのよと声をかけてくれる年配のかたがいて、とても嬉しく、あたたかい気持ちになれた。

あこさん診断時期:27歳、卵巣がん、女性

嬉しくもあり、悲しかった言葉なのですが、「生きてくれるだけでいいんだよ」と言われたことです。
言われた当初は、術後や抗がん剤中で本当に体調が悪い時だったので「生きることすらできないかもしれない…そんなことも出来ないなんて…」と悲しませていることに罪悪感がありました。とても卑屈になっていました。
現在はだいぶ元気になったので「生きているだけでよい」は、無理をしない、平凡な毎日を幸せを感じることができる素敵な言葉だと思えます。

遥さん診断時期:33歳、耳下腺がん、女性

意外とがんについて何を知っているわけでもなく、無責任に「絶対治る!」と言われることが、神経を逆撫ですることがある。
そして、意外とがん患者でも腫れ物を触るように扱うのではなく、今までどおり接してくれる方が、気遣いがわかり、ありがたくうれしい。
がん患者は、見た目ではわからないことが多いとも思われ、抗がん剤治療で足が浮腫んで歩くのに支障が出たとき、骨転移で重いものが持てないときなど、「同年代の人」が「普通」にできることができない場面になったとき、周囲に事情を説明すべきか、はたまたどうにか誤魔化して切り抜けるべきか、結構悩む。
髪質が変わったと指摘されたときも、ウィッグと告げるべきかどうか悩んだ。

かみさん診断時期:30歳、急性骨髄性白血病、男性

街で知り合いに会ったときにお声かけしても、容姿が変わりすぎて相手が「誰?」となると悲しかった。

菊池さん診断時期:28歳、甲状腺乳頭がん、女性

私ががん宣告を受けた事を聞いた祖母から、あっけらかんと「こういうのは災難みたいなものだから仕方ないんだよ」と言われたことです。それまでは、どうしてもなぜ私なんだろう、生活習慣に問題がなかったか、など考えてしまうことがありましたが、割り切った考え方ができるようになりました。
祖母にもとても心配をかけたはずですが、あっさりとリアクションしてくれたことに感謝しています。

ご家族に伝えたいこと

森田さん診断時期:39歳、左乳がん、女性

治療の前に妊よう性は温存しないことを伝えているので、子供は難しいことをなんとなくわかっていると思いますが、はっきりとは伝えられていません。
治療中に支えてくれたお礼を、これからたくさん返していきたいと思っています。

かなさん診断時期:25歳、脳腫瘍(乏突起神経膠腫)、女性

私の体調を伝えることも、理解してもらうことも難しかったです。私は元々頭痛持ちで、天気によっては頭が痛くなることもありました。
しかし手術・放射線治療をしてからは、天気とは関係なく頭痛を感じることもあり、時には横になりたくなるほどしんどいことも。退院してからもしんどいことはあるため、母は私の体調を気遣ってくれました。しかし、私も母に心配させたくないからとお互いに顔色を伺い、ピリピリすることが多くなりました。
私がだるそうにしていると、心配の気持ちからではありますが、母から「私にはあなたがいつ頭が痛くなるのかは分からない」と言われ、それが発端となり喧嘩をすることもあり、やはり体調は本人にしか分からないし、しんどい時はちゃんと伝えたつもりでも、伝わりづらいこともあるのかな…と感じました。

あこさん診断時期:27歳、卵巣がん、女性

私のためだとわかっているのですが健康のために色々と健康食品を勧めてくるのがめんどうくさいと思っていました。自分の好きじゃないものを食べるのはしんどいです。将来がどうなるかわからないからこそ、自分が好きなように生きたいです。

遥さん診断時期:33歳、耳下腺がん、女性

まだ、転移していることは言っておらず、死を想像させてしまうことは、家族には言いづらい。

かみさん診断時期:30歳、急性骨髄性白血病、男性

妊よう性を失うということ。また抗がん剤でEDになったりとセンシティブな部分に関しては、なかなか言い難かった覚えがある。

同僚・友人に伝えたいこと

森田さん診断時期:39歳、左乳がん、女性

休職中の職場とのコミュニケーションには改善の余地があると思いました。例えば、休職中であっても受けられるはずの制度や、勤務体制の変更など、必要な情報は教えてもらいたかったです。

むぎさん診断時期:23歳、脈絡膜悪性黒色腫

伝えにくい、伝わりにくい経験はがん患者だから生じることではないと思って生きています(ひねくれ者ですみません)。
もちろん、がんのこともがん以外のことも何回もそう言う経験はあります。心がけていることは、相手にも権利があるということです。知る権利、知りたくないと言う権利、表現の自由の権利など、自分自身にもあるように相手にもある。だから相手にも敬意を持って接することも気をつけています。また、相手に過度な期待を抱いている場合、自分自身への甘えから生じているとも思っています。

かなさん診断時期:25歳、脳腫瘍(乏突起神経膠腫)、女性

就職先に病気について話すこと自体が辛かったです。私は専門学校に通っている時に病気が分かり、治療のために学校を辞めることになりました。
働きたい気持ちは強かったですが髪も生え揃っておらず、自主退学してから2年近くが空白の期間となったため、就職の際には履歴書の説明が必要でした。
病気について話す時は緊張し、相手方の顔は同情しているような目に見えてしまい…「若いのに…なんて思ってるんだろうな…」などと変に考えたり。
私は無意識に病気を引け目に感じてるから、また若くしてがんになったから伝えにくいと感じているのかもしれません。

はなこさん診断時期:38歳、大腸がん、女性

手術にむけて体力温存のためにすぐに会社を休むことを勧められ、実際にそうしたが、引継のためにもギリギリまで出社していたかった。その気持ちを伝えたかったが、仕事人間のように思われてしまうかもと言えなかった。
治療中に一度参加した会社の会食で、顔が丸くなっていたり、太ったりしていたのをみて、元気そうだねと言われたが、副作用のせいで、と言いにくかった。

あこさん診断時期:27歳、卵巣がん、女性

友人に対しては、たまに遊びに誘ってもらう時、ときにウィッグが気になる場所だと「ちょっと嫌だな…」と思っていました。(温泉、ボルタリング等)
ただ、その時にどうすればウィッグをつけたまま楽しめるか必死で調べたり研究したのでウィッグでも楽しめることに気づくことができました。
今はウィッグが気になるところに誘われた時「どうやって工夫しよう?!」とちょっとわくわくします。

遥さん診断時期:33歳、耳下腺がん、女性

職場の上司にはがんであることや、現状を伝えているが、職場全体に言うべきか言わざるべきかは悩む。
むやみに周囲に精神的負担を与えないよう言ってないが、頻繁に通院したり、急に体調不良で休んだりすることを考えると言った方がよいのでは、とも考える。

かみさん診断時期:30歳、急性骨髄性白血病、男性

やはり妊よう性を損失するということ。病気のことに関しては、職場の人へ説明し理解をいただき仕事をさせていただいている。

菊池さん診断時期:28歳、甲状腺乳頭がん、女性

職場の同僚に対しては、がんの話を遠慮したり、タブーとしたりせずに、気軽に話したいなと思っています。
私自身も気を遣わせたくないとの思いから、例えば体調に波があってもそれを一人で抱え込んで、かえって周りに迷惑をかけてしまうこともありました。
私の場合は、手術後の今の自分のままで無理に取り繕わないで生活することを希望するので、周囲にはがんのことだからと遠慮せずに、お互いに理解できるよう何でも聞いてもらえた方が嬉しいです。

周囲の人へのメッセージ

森田さん診断時期:39歳、左乳がん、女性

テレビの影響か、「がんの治療」と言うとずっと入院している、急激に痩せる、いつも辛そう、と言うイメージがこびりついている人が結構多いことに驚きました。がん=死、というイメージが変わってないんだなと実感した場面でした。健常な方と一緒で美味しいもの食べたら喜ぶし、面白い物を見たら笑います。がんになってから家を建てる人だっています。大変なこともあるけど、普段と変わらないこともたくさんあるよ、と多くの方に知って欲しいです。
また、がんでも部位やステージによって標準治療は異なります。正しい医療情報を知っておくと、もしもの時に冷静に判断できるようになるので、ぜひ健康なうちに知っておいて欲しいなと思います。

むぎさん診断時期:23歳、脈絡膜悪性黒色腫

とっておきの言葉を皆さんにご紹介します。それは、「みんな無いものねだりなんだよ」です。この言葉を友人から言われた時、雷を落とされたような衝撃がはしりました(雷に打たれた経験は一度もありません)。
この時初めて、自分自身ががんになったことで、誰かと比べてあれが無い、これが無い、もっとこうだったらなあって思っていたことに気づきました。そして、その考えは何一つ幸せでは無いと思いました。それ以降、この言葉はいつも私を支えてくれていて、他人と比べず、比べるなら昨日の自分にしようと思えるようになりました!
越えるべきは自分だけですね!!

かなさん診断時期:25歳、脳腫瘍(乏突起神経膠腫)、女性

人と比べて落ち込むこともあったけど、少しずつ慣れてきます。そして、同じような状況で頑張っている人は沢山いるから1人じゃない。
また、周りに気を遣ったりせずに、自分の気持ちに素直に過ごしましょう。
その方が気持ちが楽になります。

はなこさん診断時期:38歳、大腸がん、女性

いつもかわらずに接してくれてありがとう

あこさん診断時期:27歳、卵巣がん、女性

がん患者のまわりの方々へ
ドラマ等の先入観があるかもしれないですが、がん患者だけど、元気に過ごせることもあります。なので変に気を使わず、まずはその人とちゃんと会話をしてコミュニケーションをとっていただけたらと思います。

かみさん診断時期:30歳、急性骨髄性白血病、男性

一般の方へ
私は健康診断で病気が発見されました。健康診断をしていなければ命を落としていたかもしれないので、定期的に健康診断を受診することは非常に大切だと思っています。また、治療中に沢山の輸血で命を繋ぐことができたと思っているので、みなさんの血液で何人もの命が助かります。献血にぜひ行っていただきたい。
がんと診断された方、もしくは健康診断などでがんの疑いが出た方へ
妊よう性の温存というところで、一度抗がん剤を投与してからの精子保存となったのですが、一度抗がん剤を投与したことの精子へのダメージが大きかったのか不妊治療にて子を授かることができなかった。がん、と診断されたら治療もさることながら早期の妊よう性の温存も非常に大切である。がんになる前の健康な時からがん=妊よう性の温存くらいの意識を持つくらいになってほしい。

菊池さん診断時期:28歳、甲状腺乳頭がん、女性

職場の上司や経営層へ、もっと多様な働き方が当たり前になるように積極的な制度、そして風土を求めたいと感じています。がんを切除してしばらくすれば元通りのからだになる訳ではなく、がんサバイバーとして、薬の服用や体の不調、再発の危険性と付き合いながら生活している、など周囲からはわかりにくい苦労があります。
復職後には有給が減り、気力だけでなんとか出勤している日もありました。最近では在宅ワークや自由度の高い休暇制度などの体制が身近にはなっていますが、実際は気軽には活用できませんでした。
でも上手く使えば、がんなどの病気に限らず、職場ではいろいろな事情をかかえる人たちにとっても、お互いが必要以上の無理をせずに働ける助けになると思います。

  • 監修:がん研有明病院 腫瘍精神科 部長 清水 研 先生