周囲の協力やがん経験者からの励ましで、
“当たり前の毎日”に感謝できる前向きな気持ちになれた

岡本拓磨さん

岡本 拓磨さん(29歳)愛媛県在住
発症・告知 28歳/食道胃接合部がん

取材日(2018年3月6日)※年齢・地域は取材当時のものです。

結婚して、仕事もプライベートもこれからというときにがんが見つかった

岡本拓磨さんのインタビュー時の写真

年齢も若いし、学生時代にずっと野球をやっていて体力には自信もありましたから、がんと告知されたときは「まさか自分が」という気持ちでした。しかも食道と胃の間にがんが見つかったのですが、肝臓への転移も疑われると説明され、「死ぬかもしれない」と率直に思いました。

告知のときは、妻と私の両親も一緒でした。妻とは半年前に結婚したばかりで、私よりも落ち込んでいる様子でした。両親には告知の前日に電話で「病院で検査をしたらがんの可能性が高いと言われたので、明日病院で一緒に話を聞いてほしい」と伝えたのですが、「がん」と言い出すのがとてもつらかったことを今でも覚えています。

受診のきっかけは胃の違和感や嘔吐といった症状だったのですが、実はこういった症状を自覚し始めたのと同じ頃から、右肩に痛みを感じていました。社会人になってからも草野球をやっていたので、野球で痛めたものと思い込んでいたのですが、診断後にあらためて検査すると、右肩の骨にがんの転移が見つかったのです。胃の周囲だけでなく、骨にまでがんが広がっている――これはものすごくショックでした。もっと早く病院に行けばよかったとか、利き腕なので日常生活に影響が出るのではないかとか、もう野球ができなくなるのかとか、いろいろな思いが一気に込み上げてきて、どん底まで突き落とされました。

治療は主治医からの勧めもあり、新薬の治験に参加しました。治験に対する不安はなく、むしろ新しい治療への期待が大きかったですね。ですが、がんが転移している肩の骨を人工骨頭に置き換える手術を受けることになりましたので、治験は中止し、手術後は、何度か抗がん剤を変更しながら今も治療を続けています。

明るく前向きながん経験者との出会いでポジティブに考えられるようになった

診断がついてからしばらくは、落ち込むことが多かったです。インターネットで病気について調べても生存率などのネガティブな情報ばかりが目について、マイナス思考に陥っていた時期もありました。そんなときに支えになったのが、僕の母の同級生と、入院中に知り合った50代の男性のがんサバイバーの存在です。お二人とも、とにかく明るくて前向き。初めのうちは「大丈夫って言われても、しんどいよ」と思うこともありましたが、ご自分の経験に基づいたアドバイスや励まし、そして何よりも明るく元気なお二人の姿に勇気をもらい、少しずつ前向きに考えられるようになりました。後ろばかり振り返っていても現実は変わらないから、プラスに考えたほうが今を楽しく生きていけるのではないかと思えたのです。

肩の手術をするまでは痛みがひどく、常に寝不足だった時期や、抗がん剤治療を開始するまでの間に胃のがんが少し大きくなって水を飲むのもつらかった時期もありました。でも今は、食事や睡眠といった普通のことを当たり前にできる。それだけですごくありがたいと感謝できるようになりましたね。

岡本拓磨さんのインタビュー時の写真

私以上に落ち込んでいた妻や両親も、母の同級生からの励ましで、少しずつ前向きになっていきました。妻は野菜をたくさん取り入れた献立を考えてくれたり、薄味にしたりして食生活をサポートしてくれています。野球部の同級生や会社の方、妻の職場の方からも寄せ書きやお守り、千羽鶴をいただき、周囲の皆さんから支えられているんだなと実感しています。

仕事と治療を無理なく両立できるよう、会社側からさまざまな提案が

病気のことは診断後すぐに直属の上司に報告して、会社へは上司から伝えてもらいました。「がんになった」と伝えて相手に気を遣われるのが嫌だった僕にとっては、非常に助かりました。

職場に復帰したのは、抗がん剤治療を始めて3ヵ月後でした。診断された時点で、支社勤務から病院に近い本社勤務に変えてもらったり、復帰後は時短勤務にしてもらったり、通勤時間帯の満員電車を避けた時差出勤を提案してもらったり、自分からお願いする前に、会社側からいろいろな支援を提案してもらいました。

僕の場合は非常に恵まれた職場環境なので、まずは身体のこと、治療のことを優先して仕事量も無理のないよう調整しながら両立し続けていきたいと思っています。

利用できる制度や仕組みはあるけれど、積極的に探さなければ情報は手に入らない

診断されて今までを振り返ってみて、さまざまな知識や情報を得ておくことの大切さを痛感しています。そのひとつが、妊よう性の問題です。僕は、妻から「元気になったら子どもを持てるように準備しておこう」と提案されて、がん治療を始める前に精子を凍結保存しました。僕も子どもは欲しいと思っていたのですが、精子凍結のことは全然知らなかったので、妻から言われなければ検討することすらできなかったと思います。

経済的な負担を軽減する制度についても、当初は何もわからず、漠然とお金の不安を抱えていました。でも、病院のソーシャルワーカーさんに相談して、高額療養費制度や傷病手当金について教えてもらい利用させていただいています。また、僕の場合は人工骨頭を入れているので障害年金を受給できる可能性があったのですが、これも妻の職場の社会保険労務士さんから指摘されて、初めて知りました。利用できる制度があっても、受け身の姿勢では情報は手に入りません。自分で積極的に調べていかないと損をするなと痛感しました。

失うものはあっても、新しい楽しみや喜びがきっと見つかる

岡本拓磨さんのインタビュー時の写真

僕が参加している「NPO法人愛媛がんサポート おれんじの会 」では、若年患者さんのためのサロンを月1回のペースで開催しています。サロンの立ち上げ当初は、僕も含めて「参加者がつらい経験や悩みを話して楽になる場所」という意味合いが強かったのですが、最近は自分のことだけでなくAYA世代のがん患者さんを取り巻く環境や、支援制度について話し合うことも増えてきました。参加者みんなでこの会に「えひめ若年がん語り場 EAYAN(い〜やん)」という名前もつけたので、さらに活動の幅を広げていきたいです。また、機会があれば、自分自身の経験やAYA世代特有の問題について情報を発信して、病気とともに生きていく勇気や元気を、一人でも多くの方に届けられたらと思っています。

病気になる前は1日1日を漠然と、ただ何となく暮らしていたところもありましたが、病気になってからは、ちゃんと食べられること、ぐっすり眠れることなど、日常のひとつひとつの出来事に感謝しながら毎日を過ごせています。肩を手術して野球ができなくなっても、スタジアムやテレビで観戦するなどまた違った方法で野球を楽しむことができますから、それはそれで幸せなことだと思っています。いつか子どもが生まれたら、一緒に野球観戦を楽しみたいですね。

  • 監修:国立がん研究センター中央病院 清水 研 先生