AYA座談会

女性としての生き方への影響

(座談会開催日:2019年11月2日)

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御舩 がん腫が違う同じ世代の方とこのようなテーマでじっくりお話するのは実は初めてです。私は結婚式の2週間前に乳がんと告知されて乳房全摘しました。これから結婚して子どもを授かれたらと考えていた時期でした。

久世 私は不妊治療を4年くらい行ってやっと授かった子どもの出産時に、妊娠中に高いといわれていた白血球数が一気に上がってしまって、母体が危ないということで急遽、帝王切開になりました。そして、慢性骨髄性白血病と診断され、子どもと会えないまま治療が開始されました。

島野 私は塾で勉強中に起きた胃痛が眠れないほどひどくなってきて、2週間後に近くの病院を受診したところ、最初はストレス性胃炎と言われたのですが、1ヵ月後の内視鏡検査で腫瘍がみつかって大学病院を紹介されました。大学病院で色々検査してもなかなかがん腫がわからず、3ヵ月後にやっと悪性リンパ腫と診断されました。

御舩 告知された時は、どうでしたか?

島野 先生に「まずは早急に治すことだ」と言われ、セカンドオピニオンも妊よう性温存も行う余裕がないまま、2日後には抗がん剤治療が開始されました。

照屋 私は会社の健康診断で肝機能にD判定がついて病院を受診したところ、腹部エコーで14mmの腫瘍がみつかって大きな病院への紹介状をもらいました。

御舩 それで、すぐに病院へ?

照屋 旅行の予定などがあったりしたため、放っていたんです。半年後に紹介された病院を受診したところ、副腎皮質がんという稀少がんだとわかりました。術後に大きな傷跡が残るのが嫌で、腹腔鏡手術ができる病院を探して手術したのですが、その後も再発して3回手術を受けています。

髙桑 私も結婚1年半後に職場の健康診断で指摘され、子宮頸がんの腺扁平上皮がんという悪性度が高いタイプのがんがみつかりました。告知されたときはショックで、夫にも親にもどう告げたか、全く覚えていません。治療法も怖くて自分では調べることすらできず、夫が代わりに調べてくれました。

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尾崎 私は昨年、子宮頸がんがみつかりました。腺がんという悪性度の高いタイプのため、初期からリンパ節や卵巣に転移しやすく、放射線治療や化学療法が効きにくいという話を聞き、子宮全摘を選択しました。最初は子宮に加えて卵巣やリンパ節を広範囲に切除する予定でしたが、セカンドオピニオンで上皮内にがんが留まっている0期と診断され、子宮のみの切除で卵巣は残すことができました。

御舩 みなさん、がん腫が異なるので状況もさまざまですが、がんは女性の生き方にどう影響されていますか?

久世 1人目を産んだ後は、凍結保存した受精卵が残っていたので2人目をすぐにつくって、実家のある田舎に戻って子育てするという人生設計がありましたが、全て崩れてしまいました。慢性骨髄性白血病は薬が合って進行しなければ抗がん剤の服用で抑えられるのですが、副作用の胸水によるむくみや全身痛がひどくて仕事に戻ることはできませんでした。

御舩 仕事ができないと、経済的にも大変ですよね。

久世 薬代が高くて高額療養費制度を使っても月に7万円程かかります。私は子育てと治療の両立が難しく今春から子どもと実家に帰っています。ただ、実家のある田舎ではお給与の高い仕事がないので、主人は千葉に残って働くしかなくて別居状態です。

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照屋 最初の手術の後に知り合った方とおつきあいすることになったのですが、つきあって半年後に再発しました。その時は、術後説明を彼が家族の代わりに聞いてくれました。昨年、プロポーズされたのですが、その2ヵ月後の検査でまた再発がみつかり、しかも、播種(体内に散らばるように広がる)的ながんのため、治療の成功率も低いと言われました。自分の考えがまとまらないまま彼に伝えたのですが、彼もショックが強くて。結局、結婚については一旦白紙状態になっています。

髙桑 私もすべてが崩れてしまったの一言ですね。私は看護師で、仕事に重きを置いて暮らしていて、救命救急や災害看護のキャリアを重ねていた時にがんになって。それまでと同じように勤務するのは難しくなり、積み重ねてきたキャリアが崩れてしまったつらさがあります。女性としても、家庭を持って子どもがいるという当たり前の人生がなくなってしまい、子どもとの写真が載った年賀状は見るのもつらいです。

尾崎 パートナーがいなかったこともあり、再発の不安を抱えたまま生活するよりも元気に生きたいと思って全摘を選んだので、後悔はありません。ただ、みなさん子宮を取ると女性でなくなってしまうと思うようで、私もそのことがずっと頭にありました。

御舩 生きるための決断でしたね。女性として大切なものを失うつらさは計り知れません。術後はいかがでしたか?

尾崎 がんがみつかってから入院中は自分の体の未知の変化に好奇心がわき、ポジティブに治療に専念していました。しかし職場復帰後は思うように体力が戻らず、仕事のペースについていけなかったり、周りから子ども産んでから全摘すれば良かったのにと言われたり。街で幸せそうな人たちを見ただけで嫌な気分になったり、心がどんどん落ち込みました。その後、心療内科に通院することで新たな一歩を踏み出せるようになりました。

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髙桑 女性という点では、私たちの年代だとファッション、おしゃれも重要ですよね。でも、私はリンパ浮腫があるので弾性ストッキングを履いていて、夏でも足を出す服は着れないしパンプスも履けません。

御舩 どのように工夫されていますか?

髙桑 むくみでサイズが変わったので、術前の下着もズボンも全部履けなくなりました。結局、足元が隠れて足を圧迫しない、楽で、女性らしさも演出できる和装に辿り着き、今の外出着は和装になりました。

御舩 お似合いですね。後遺症をカバーするだけでなく美しさに変えるところがすばらしいと思います。私も片方の乳房を全摘した時、結婚式でワンピースを着ることに抵抗があって、胸元が隠れる着物を着たことがありました。みなさんは後遺症や副作用とどのようにつきあわれていますか。

照屋私は抗がん剤治療の時、「パートナーに脱毛時の姿を見せると女性として見られなくなるから避けた方がいい」とアドバイスされ、治療中はそれを守って帽子やウイッグを着けていましたが、最近は吹っ切れて家では坊主姿で過ごしています。彼も最初は「お〜」って驚いていたけれど、今は「髪を染めてみたいけど何色が良い?」という話もしています。そんな話は今しかできないし、こんなベリーショートに自分からすることはないので、楽しもうと思っています。

島野 私は治療が終わり勉強をまた再開したのですが、6月になって塾にいるとき、すでにウイッグが暑くて蒸れて休憩時間毎に汗ふきシートで拭かないと気持ち悪い状態になって。それとウイッグって手入れが大変じゃないですか。なんで、こんなことに自分の時間を使わないといけないのかとむなしくなって、手作りした帽子で塾に行くようになりました。

御舩 周りの目は気になりませんでしたか?

島野 冷ややかな目で見られもしましたが、吹っ切れました。ありのままの自分を受け入れることが大事だと思います。短い髪って染めたくなりますよね。ただ、ヘアカラーの注意書きに「血液疾患の既往のある方は使用してはいけない」とハッキリと書かれているので、私はダメみたいです。

御舩 周囲の目が気になる年頃なのに吹っ切るところがカッコいいです!

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  • 監修:がん研有明病院 腫瘍精神科 部長 清水 研 先生